ONE OSAKA“府市合わせ”構想

全国に20市、国民の5人に1人が暮らす政令指定都市を擁する16道府県の知事にとって、政令市は実に“難儀”な相手です。

一例を挙げれば、知事室を構える本庁舎の目の前を通る道府県道すら、維持管理は政令市が担当。公共事業に留まらず、本来は道府県が行う教育や福祉も、その大半の権限は政令市に委譲されています。国からの補助金や交付金も、他の市町村と異なり、道府県を経由せず直接、政令市に届きます。

象徴的事例は、横浜、川崎、相模原と3つの政令市が存在する神奈川県でしょう。県が“統轄”するのは三浦半島、厚木及び藤沢から小田原、箱根、湯河原に至る中小の基礎自治体に留まります。

語弊を恐れず申し上げれば、政令市選出県会議員は多分に「名誉職」としての活動。地元議員としての「権限」が及ぶのは、各政令市に位置する県立高校、警察署の予算に限られるのですから。

では、耳目を集めた「大阪」の場合は? 33市9町1村で構成される人口884万人の大阪府には、269万人の大阪市、84万人の堺市、2つの政令市が存在。予算規模も比較すると、大阪府の一般会計当初予算は今年度3兆2886億円。他方で大阪市と堺市の合算は2兆0938億円。

大阪府本庁舎前の上町筋のみならず、キタの梅田とミナミの難波を結ぶ御堂筋=国道25号線の維持管理も、大阪府ならぬ大阪市へと国土交通省から移管されています。2008年2月、政令市OSAKAの有権者からも付託を受けて府知事に就任した橋下徹氏は、「二重行政の弊害」云々(うんぬん)以前の“メンツの問題”として、打倒「目の下のたんこぶ」に燃えたのかも知れません。

東京都よりも小さな面積で、しかも平坦な地勢のコンパクトな大阪府。長きに亘って犬猿の仲だった大阪府庁と大阪市役所の“不仕合わせ”を解消すべく“府市合わせ”の「ONE OSAKA」を、と彼が声を張り上げた当初は、故にそれなりの共感を得られます。

豈図(あにはか)らんや、その潮目が変化し始める切っ掛けは、橋下氏が市長に、その“舎弟”を任じる松井一郎氏が知事に当選した2011年11月27日のW選挙。絶頂の極みと思われていたその3日後、「にっぽん改国」と題して夕刊紙に寄稿していた連載から再録します。

「首相ならぬ市長に当選したウラジミール・プーチン氏と、大統領ならぬ府知事に当選したドミトリー・メドベージェフ氏を連想させる2人の首長が、惚れっぽいが飽きっぽい気質のナニワっ子から、一体、景気はどうなん、と言われぬよう、願うや切です」。

その根拠として、「大阪都なるハコモノが誕生せずとも、同じ心智(メンタリティ)を共有する2人の首長の下、府と市が共闘・協調すれば、納税者への顧客サーヴィスの向上は容易に図れるのです。両社が合併せずとも阪神なんば線と近鉄難波線が相互乗り入れを開始し、神戸三宮から大阪ミナミを経て奈良まで乗り換え無しで移動可能の利便性が高まった様に」と付記しました。

3年半後の今年5月17日、49対51の“僅差”で「大阪都構想」は大阪市民に否決されます。が、読者は疑問を抱いておられるでしょう。大阪府が大阪都に制度変更するのに、投票権が大阪市民に限定されていたのは何故なのだと。

今回の投票所入場券に印字されていた投票名は、「大阪市における特別区の設置に関する住民投票」でした。即ち、大阪都へ名称変更する投票に非ず。彼が“畏父”と仰いだ石原慎太郎氏が「古今東西、国家の都は1つだろ」と看破していたのを想い出します。いやはや、羊頭狗肉。実施費用は7億4700万円。ポスター・ビラ等の啓蒙活動には通常の市長選挙の2倍に当たる1億5000万円を計上と市選挙管理委員会は公言しています。

「ウソをつけないヤツは弁護士と政治家にはなれない」と著書『まっとう勝負』で直截に、「政治家で必要なのは独裁」と高言していた橋下氏は、若しや帝政ロシアの皇帝やハプスブルグ家に倣って東京と大阪に夏宮、冬宮を造営する気宇壮大な計画を温めていたのかも知れません。その際には、明治2年=1869年の東京行幸以降も京都御所が存在する“都人”の見解も伺う心配りを同じ関西人として持ち合わせていたのかな。

閑話休題。「府市の二重行政を解消して司令塔を一本化し、広域行政を府に、身近な住民サービスは特別区に再編すれば無駄がなくなる」と『産経新聞』が社説で“絵解き”した「都構想」。それは「橋下氏自身が『大学生が4年間かけて勉強しても理解しきれない』と言うほど複雑」と『讀賣新聞』、「新たな庁舎建設やシステム改修費で600億円程度かかる」ハコモノ行政と『日本経済新聞』、「成長戦略として挙げたのは高速道路や鉄道の整備、大型カジノの誘致」と『朝日新聞』、「どんなまちをつくるのかという大阪の将来像を巡る議論は置き去りにされ、自治体の枠組みを巡る協議が先行した」と『毎日新聞』が、投票翌日の紙面で言及した「構想」なのでした。

この7年間で大阪府は、財政力指数も経常収支比率も悪化。実質公債費比率も18%を超え、地方財政法の規定に基づき、総務大臣の許可無しでは地方債が発行出来ない状況に陥っています。

タッグを組んだ2人組は、供給側の都合でなく納税側・消費側の観点に立って、制度が駄目でもこれだけ改善したよ。でも未来永劫、僕らが首長やる訳ないから、未だ見ぬ子供の為にも、この実績を踏まえて制度を具体的にこう変えなくちゃ。と畳み掛けるべきでした。なのに、立派な勉強部屋作ってくんないと、俺たち、成績良くならねぇ、と逆ギレする子供で終始したのです。「飴ちゃんどうぞ!」の心優しきナニワの世話好きオバチャンが見切りを付けて、反対票を投じた深層心理です。

政策本位の政治が実現する筈だった21年前の小選挙区制導入は、皮肉にも政治の劣化を招きました。この国の「かたち」をいじくる前に、私たち一人ひとりの「あり方」が問われていると痛感します。

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