田中康夫の新ニッポン論

「VERDAD」連載「田中康夫の新ニッポン論」Vol.96「#横浜市長選挙」

 

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「待機児童」16人と高らかに発表の横浜市には、2842人もの「保留児童」が存在します。保育施設に入所出来ずに育児休暇を延長、若しくは休職中の保護者の児童を意味する「独自定義」。

他の全国1746基礎自治体が謂(い)わば「メートル法」に基づく行政用語「待機児童」を用いる中、嘉永7年=1854年に日米和親条約を締結・調印の横浜では今猶、都合の悪い数値を「尺貫法」の符牒(ふちょう)「保留児童」で糊塗(こと)しています。

全国20政令指定都市で唯一、市立中学校に給食がない横浜は、特定業者と契約の「ハマ弁」を販売するも昨年6月時点で生徒の選択率は僅か0・1%。「中学校給食(デリバリー型)」なる惹句(じゃっく)で今春導入の代物も民間調理業者が搬入する「ハマ弁α」に他ならず。

人口378万人・有権者313万人の横浜市に暮らす高齢者97万人の過半数51万人は独居老人。保健師や無報酬の民生委員が身を粉(こ)にして踏ん張っても叶(かな)わぬ人数にも拘らず、統廃合を重ねた保健所は現在、中区本町に昨年竣工32階建て本庁舎内に一箇所のみ。

6年前から横浜エフエム放送で毎週火曜深夜、音楽番組『たまらなく、AOR』の選曲とお喋りを担当する僕は、番組スタッフや出演を通じての知人、横浜在住の大学時代の友人らと話をする中で次第に、「国際港湾都市」の光と影を実感・痛感してきました。

告示1ヶ月前の7月8日、ホテルニューグランド本館レインボーボールルームで質疑応答も含めて1時間45分、横浜市長選挙(8月22日投開票)立候補表明会見を行いました。同ホテルは横浜市の中心部が灰燼(かいじん)と化した関東大震災発生3年後の大正15年=1926年に地元篤志家(とくしか)らの尽力で開業。向かい側の山下公園は、瓦礫を埋め立てて開設されています。

本所の陸軍被服廠(ひふくしょう)跡地での4万人を除くと2万8千人の犠牲者だった東京市の、当時5分の一の人口だったにも拘らず2万5千人もの方々が無念の最期(さいご)を遂げた横浜市。港の見える丘公園の先には歴史ある幾つもの女学校。鎮魂の場、文教の場に隣接する山下ふ頭で、博打(ばくち)も宿泊も食事も全て建物敷地内で独り占めを企てる令和の「囲い込み運動」カジノ計画。世論調査で7割を超える市民がNOと意思表示するのも宜(むべ)なる哉(かな)。

18行政区で構成される横浜市の臨海部は6区。残り3分の2の12区は「横浜都民」と呼ばれる田園都市線沿線在住者に象徴される内陸部なのです。而(しか)して豈図(あにはか)らんや土砂災害警戒区域に指定されている市街化区域に7万3479戸もの家屋が点在する横浜市。

返還された在日米軍の上瀬谷通信施設跡地は東京ドーム51個分の広大な敷地。東名高速道路横浜町田IC、国道16号線、環状4号線に近接します。20世紀型発想のテーマパーク誘致計画は既に破綻しました。僕は会見で、単なるマンション開発等に落とし込まぬ新しい理念に基づく“夢と展望”の時空として東京ドーム25個分の北半分に、人が人のお世話をして初めて成り立つ21世紀型の労働集約的産業としての「医療・保健」「消防・救急」の統合型レスキュー拠点構想を表明。

法律に従えと命ずる一方、提案に対して“出来ない条項”を列挙する行政の性(さが)とは対極に位置するのが赤組の消防、白組の救急。人が人を救う為に、前例が無くともチームワークを発揮する集団です。それこそは、税金というお代を先に頂戴する行政が立ち返るべき総合サーヴィス産業の気概。

村野藤吾氏が手掛けた旧市役所庁舎を僅か7700万円で特定不動産会社とホテル事業者に“売却”する不明朗な計画も含め、日本全体の疲弊した制度や閉塞感を変える触媒役を果たす試金石が、「#横浜市長選挙」なのです。

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