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VERDAD「田中康夫の新ニッポン論」 Vol.128「万神殿の眼窓」

全ての力が集中し、全ての力が拡散するローマの「パンテオン=万神殿のオクルス=眼窓」と「日本の天皇家」は似ています。
邪な思惑で近付く輩は例外なく“一炊の夢”“邯鄲の夢”で潰え、自らはステイブル=stable、即ちstill-stand-ableな復元力=スタビリティとして屹立の歴史を隠喩する点に於いて。
信州・長野県知事時代に謦咳に接した畏兄・宇澤弘文翁と昭和天皇の逸話にも触れる「田中康夫の新ニッポン論」Vol.128「万神殿の眼窓」

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全ての力が集中し、全ての力が拡散するパンテオンのオクルスと日本の天皇家は似ています。邪(よこしま)な思惑で近付く輩は例外なく一炊(いっすい)の夢・邯鄲(かんたん)の夢で潰(つい)え、自らはステイブル=stable、即ちstill-stand-ableな復元力(スタビリティ)として屹立(きつりつ)の歴史を隠喩(いんゆ)する点に於いて。
西暦128年にハドリアヌス皇帝が建立したローマのパンテオン=万神殿はギリシア語で「全ての神々」。特定の神を本尊とする神殿や寺院と異なり、ジュピター、ミネルヴァ、ヴィーナス、マーキュリー、ネプチューン等のローマ神を祀(まつ)る汎神論(はんしんろん)的な時空です。
円堂=ロトンダは直径43・2m。半球型の円蓋=ドームも高さ43・2m。天井にはラテン語で目を意味するオクルス=眼窓(めまど)なる符牒(ふちょう)で呼ばれる開口部が設けられています。天候が優れぬ日には、その明かり窓から降り注ぐ雨雫(あましずく)で床の大理石が濡れそぼちます。
建築史に欠かせぬ存在なれど正直、何の変哲も無き構造物は何故、世界最古の建造物として現在も供用に耐え得るのでしょう? 絶妙な均衡を齎(もたら)し、倒壊も損壊も免れて今日に至る構造力学上の肝は、円蓋(えんがい)の眼窓の存在です。
「地方自治法で設置が義務付けられた総合計画審議会を換骨奪胎(かんこつだったい)・止揚(アウフヘーベン)すべく、机上の空論な形式知(アルゴリズム)に立脚した大本営発表の数値目標(データサイエンス)を羅列する凡百(ぼんぴゃく)の『総合計画』とは異なる、私たちが実現すべき社会のあり方を提示する一つの壮大な物語を答申頂けませんか」。
一面識も無かった僕の無謀な要請に有り難くも応え、畏兄・宇澤弘文翁は2年の歳月を費やし2004年に「未来への提言~コモンズからはじまる、信州ルネッサンス革命~」を脱稿下さいます。
遡って1983年、文化功労者として昭和天皇に招かれた際の逸話を。直前に進講したのは構造力学の泰斗(たいと)でした。「高層ビルは地震の際に大きく揺れるらしいね」と下問を受けるや得意満面に耐震構造理論を披瀝(ひれき)。「でも上層階に居ると矢張り怖いらしいよ」と更に天皇は呟くも「絶対に安全でございます」。鮸膠(にべ)も無い遣り取りが続き、彼の番となります。
天皇制には少なからず批判的だった宇澤氏は、「ケインズは、新古典派は、社会的共通資本は」と上気して些か支離滅裂な開陳を行うや途中で制され、「君、君は経済、経済というが、人の心が大事だと、そう言いたいのだね」との指摘に虚を突かれます。
而(しか)して午餐(ごさん)の席から退席する天皇は、「今日は(酒精(アルコール)好きな)宇澤君のお陰で昼から大分、飲んでしまったのぉ」と戯(おど)けた科白(せりふ)を吐いたのです。隣席の入江相政(すけまさ)侍従長に「大した方ですなぁ」と感歎すると「宇澤さん、ここまで育てるのに千年、二千年、掛かりましたよ」と、以前から二人が知己(ちき)だったればこその諧謔(かいぎゃく)に溢れた返答。
その入江氏の『宮中侍従物語』に記されている、前々回の東京五輪開催翌年の1965年、静養先の那須御用邸から吹上御所に戻った際、建物近くの雑草の刈り取りを“気を利かして”宮内庁庭園課に命じていた若き侍従職への苦言ならぬ至言を再録します。
「どんな植物でもみな名前があって、それぞれ自分の好きな場所で生を営んでいる。人間の一方的な考え方で、これを雑草として決め付けてしまうのはいけない。注意するように」。
樹木を伐り、路地を壊し、街並みを一変させる相も変わらぬ“科学を信じて・技術を疑わぬ”無計画経済「再開発」が随所で進行する帝都の真ん真ん中に位置する千代田区千代田1番1号の鬱蒼(うっそう)たる「真空地帯」。初詣は神社・婚礼は教会・葬儀は寺院と融通無碍(ゆうずうむげ)な多神教ニッポンに於ける、“科学を用いて・技術を超える”スタビリティ(ふくげんりょく)としての万神殿(パンテオン)の眼窓(オクルス)の心智(メンタリティ)です。

YouTube動画:田中康夫の「だから、言わんこっちゃない!」vol.79『宇沢弘文さんを知っていますか!? ~昭和天皇・ローマ教皇に一目置かれた人物~』
https://www.youtube.com/watch?v=4kYCp7RkL-U
「怯まず・屈せず・逃げず」宇沢弘文さんとの想い出 田中康夫 「現代思想」増刊号「宇沢弘文 人間のための経済」
https://tanakayasuo.me/wp-content/uploads/379724bad4ae595295fd8efd5fe85d0d.pdf
まとめサイト https://nippon-dream.com/?p=13762

宇沢弘文翁が唱えた「社会的共通資本」に関する「田中康夫の新ニッポン論」Vol.110「正しいハイエク・新しいケインズ」
https://tanakayasuo.me/archives/36259
宇沢弘文翁が執筆下さった長野県総合計画審議会最終答申 全文
「未来への提言~コモンズから始まる、信州ルネッサンス革命~」
https://nippon-dream.com/pdf/tothefuture2011.pdf

宇沢弘文さん生前最後の出演番組BS11「田中康夫のにっぽんサイコー!」動画2011年3月5日放送 「宇沢弘文が語る『TPP』」
https://nippon-dream.com/?p=2756
全文文字起こし
https://nippon2014be.hatenadiary.jp/entry/2015/01/15/020906
信州・長野県知事時代の実績について まとめサイト
「未来への提言 ~コモンズから始まる、信州ルネッサンス革命~」 -宇沢弘文・東京大学名誉教授が手掛けた「新しい社会」の在り方-
https://tanakayasuo.me/reference/governornagano
「田中康夫の憂国政談」「消費者重視の政治」で「ウルトラ無党派層」を掬い上げよ❣まとめサイト
https://tanakayasuo.me/archives/35882

「松岡正剛の千夜千冊」1641夜「宇沢弘文 人間の経済」
https://1000ya.isis.ne.jp/1641.html
宇沢弘文言語録メモ(経済学とは何かに悩む)
http://hoseikeiyukai.jp/economics/20200710662100/
「人の心と共に歩む経済学を」 宇澤弘文
https://www.doshisha.ac.jp/attach/page/OFFICIAL-PAGE-JA-267/139686/file/116UzawaHirofumi.pdf

ローマのパンテオン(万神殿) 神谷武夫
http://www.kamit.jp/17_world/50_pantheon/panthe.htm
パンテオン――今なお使用される2000年前の古代建築
https://www.cnn.co.jp/style/architecture/35163403.html

「雑草という草はない」 牧野富太郎に共感した天皇 社会学的皇室ウォッチング!
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20230403/se1/00m/020/002000d
「春秋」2014年9月27日
https://www.nikkei.com/article/DGKDZO77620600X20C14A9MM8000/
この碩学(せきがく)にして人前であがることがあった。86歳で死去した経済学者の宇沢弘文さんが1983年に文化功労者になり、昭和天皇に招かれて話をしたときである。「ケインズがどうの、だれがどうした」。そのうち自分でもわけが分からなくなってしまったのだという。
▼すると天皇が身を乗り出してきた。「キミ。キミは経済、経済と言うけれども、要するに人間の心が大事だと言いたいんだね」。その言葉に電撃的なショックを受け、目がさめた思いがした、と本紙の「私の履歴書」で振り返っている。人間の心を大切にする経済学は、宇沢さんの研究を貫く芯になったテーマでもあった。
▼公害問題にのめり込み、水俣では水俣病の研究、治療に尽くした医師・原田正純さんと親交を結んだ。重篤な患者が原田さんを見るとじつにうれしそうな顔をして、はいずって近づこうとする姿に感動した。経済の繁栄と一人ひとりの生活の落差を目の当たりにし、解決の道を探るための経済理論づくりを進めたのである。
▼米国で研究生活を送ったのは平和運動、ベトナム反戦運動が盛んなころだった。ともに運動に関わった同僚が知らぬ間に大学を解雇されたりした。知人に連れられてよく集会に行き、歌のうまい女子高校生に感心した。のちに日本でもよく知られたフォーク歌手のジョーン・バエズである。人間臭さにも満ちた生涯だった。

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