VERDAD「田中康夫の新ニッポン論」Vol.110「正しいハイエク・新しいケインズ」

日本では同義語だと思われがちな「自由」と「民主」は本来、対立する概念です。
前者はボーダーレス。後者はボーダーコンシャス。
日本では「官」と「公」も、公共事業を連想して同義語だと思われがち。
故に「稼ぐ自治体」を錦の御旗に、公園面積を狭めて商業施設を誘致する事例が渋谷区を筆頭に全国で急増しています。

税金という“お代”を先に頂戴する行政は本来、「自然環境・社会基盤・制度資本」という「民間」では採算が取りにくい、
けれども人間の体温が感じられる私たちの社会を育む上で必要不可欠な「社会的共通資本」(Ⓒ宇沢弘文)を「創り・護り・救う」為に存在するのです。

世を經(おさ)め民を濟(すく)う「経世済民」。(完璧な)公平や平等というのは、全知全能の神とて難しく、であればこそ「フェア=公正」であることが大事。

弱肉強食でなく切磋琢磨の『正しいハイエク』。富国強兵でなく富国裕民の『新しいケインズ』。

“考える葦(あし)”たる人間には今こそ、「正しいハイエク」と「新しいケインズ」の統合(アウフヘーベン)=「塩梅(あんばい)・さじ加減」が求められています。

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日本では同義語だと思われがちな「自由」と「民主」は本来、対立する概念。前者はボーダーレス。後者はボーダーコンシャス。

富裕層のみが馬車に乗ってコモ湖の畔で恋に落ちる余裕を持ち得たヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの時代と異なり、アイルランドのライアンエアに象徴される欧州連合EUの「規制緩和」が生んだ格安航空会社(ノーフリルズ)で、誰もが自由に旅券の提示無しで域内を移動可能となったのが前者。

後者は、テロワール=生育環境・産地特性が齎(もたら)す「土の香り」漂う郷土料理、更には言語や文化、習慣、伝統という金銭に換算出来ない価値を重んじる、それぞれの地域に根ざした歴史の智慧です。

 

本来は相容れない両者の壮大なる止揚(アウフヘーベン)をEUは試みるも、「コロナ」と「ウクライナ」に直面する昨今、米国と同じ「分断社会」が顕在化しています。

 

「3・11」から1年後の2012年3月2日、「公正」とは何かを質疑した衆議院予算委員会での発言を再録します。「(完璧な)公平や平等というのは、これは全知全能の神とて難しく、フェアであることが大事。即ち切磋琢磨の『正しいハイエク』と経世済民(けいせいさいみん)、富国強兵ならぬ富国裕民の『新しいケインズ』の統合(アウフヘーベン)が必要かと思っております」。

それは「私」と「公」の関係と似ています。「私」という文字の「ノ木偏(のぎへん)」は禾穀類(かこくるい)を、左側の「ム」は肘鉄を現す象形文字です。精魂(せいこん)込めて育てた穀物を、夜陰に乗じて他集落の人間が盗みに来たら、「これは私の物だぞ」と追い返す。それが原義なのです。

では、「人」と「ム」を組み合わせた「公」は?人様(ひとさま)に迷惑を掛けない限り、分け隔て無く誰もが寛げる時空が「公園」であるように股下の「ム(ひじてつ)」を「人(にんげん)」の体温で温め、公の中の1人の人間に戻してあげる意味合いです。

日本では公共事業を連想して「官」と「公」は同義と思われがち。「稼ぐ自治体」を錦の御旗に、維持管理費を捻出すべく公園面積を狭めて商業施設を誘致する事例が渋谷区を筆頭に全国で急増中。税金という“お代”を先に頂戴する行政は、「民」では採算が合わない「自然環境・社会基盤・制度資本」を創り・護り・救う為に存在するにも拘らず。

信州・長野県知事時代の2004年、僕の依頼に応じて長尺の答申『未来への提言~コモンズからはじまる、信州ルネッサンス革命~』を執筆下さった宇沢弘文翁。

ポール・サミュエルソン流の新古典派とケインズ派を統合する理論を構築し、シカゴ大学で教鞭を執った畏兄は、リチャード・ニクソン政権が画策した軍事クーデターで1973年9月11日、世界初の「自由選挙」で誕生した社会主義政権サルヴァドール・アジェンデ人民連合政権が崩壊するや祝杯を挙げたミルトン・フリードマンら「シカゴ学派」と絶縁。

『自動車の社会的費用』を翌年に上梓。水俣病や成田空港問題に取り組み、1983年に文化功労者に選ばれた畏兄は、昭和天皇に“進講”の際、「ケインズが新古典派が社会的共通資本が」と上気(じょうき)して語り続けると話を遮られ、「君!君は経済、経済と言うが、人間の心が大事だと、そう言いたいんだね」と看破(かんぱ)されます。

天皇制には懐疑的だった畏兄が宴席で、以前から知己だった入江相政(すけまさ)侍従長に「なかなか魅力的な方ですね」と語ると「君、ここまで育てるのに千年は掛かったよ」と微苦笑しながら応じた逸話。

富国強兵を唱和する時代にこそ、偏狭な弱肉強食とは異なりフリードリヒ・アウグスト・フォン・ハイエクの深意であろう、切磋琢磨する公正な「正しいハイエク」と、ジョン・メイナード・ケインズが唱えた旧来型公共事業を凌駕する経世済民の「新しいケインズ」の止揚(アウフヘーベン)こそが肝要と改めて愚考します。

 

「田中康夫の新ニッポン論」Vol.108「新しいケインズ」

https://tanakayasuo.me/archives/34648

惹句「正しいハイエク・新しいケインズ」を初めて用いた一橋大学開放講座(2015年4月16日)の講演録
http://www.nippon-dream.com/wp-content/uploads/20150717182141.pdf

「田中康夫の新ニッポン論」Vol.56「社会的共通資本」
https://tanakayasuo.me/archives/22210

信州・長野県知事時代に宇沢弘文氏が執筆下さった

未来への提言~コモンズからはじまる、信州ルネッサンス革命~

http://www.nippon-dream.com/pdf/tothefuture2011.pdf
http://www.nippon-dream.com/?page_id=161

「怯まず・屈せず・逃げず」宇沢弘文さんとの想い出 「現代思想」2015年3月臨時増刊号「宇沢弘文 人間のための経済」への寄稿

https://tanakayasuo.me/wp-content/uploads/379724bad4ae595295fd8efd5fe85d0d.pdf
http://www.nippon-dream.com/?p=13762

宇沢弘文翁 生前最後のTV出演動画
BS11「田中康夫のにっぽんサイコー!」2011年3月5日
「宇沢弘文が語るTPP」動画&文字起こし

https://nippon2014be.hatenadiary.jp/entry/2015/01/15/020906

宇沢弘文著『人間の経済』
https://amzn.to/3WUUVtL

宇沢弘文著『自動車の社会的費用』
https://amzn.to/3WD7Hxb

「松岡正剛の千夜千冊」「1641夜 宇沢弘文 人間の経済」
https://1000ya.isis.ne.jp/1641.html

NHK「あの人に会いたい」宇沢弘文
https://www2.nhk.or.jp/archives/jinbutsu/detail.cgi?das_id=D0009250409_00000

「田中康夫の新ニッポン論」バックナンバー
https://tanakayasuo.me/archives/category/verdad

「ソトコト」時代からの浅田彰氏との「憂国呆談」バックナンバー
https://tanakayasuo.me/archives/category/sotokoto

「現代ビジネス」での「憂国呆談」一覧
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